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桜州転居「東京〜揖斐〜岐阜〜京都」

ここ2、3日揖斐川町歴史民俗資料館へかよっている。

 

3月3日から揖斐川町出身の3人の画家を取り上げた展覧会が予定されていて、

そのお手伝いをしている。

 

自分が担当するのは、野原桜州だがその図録に掲載する解説文も依頼された。

 

今日その原稿を、渡してきたのだが、実はもう一編ある。

 

当初はこちらを提出したのだが、もう少し一般論的なものの方が良いと指摘を受け今回の原稿になった。

 

でも関心を持っていただける方なら、何かの参考にもなるだろうと思ってここに掲載することにした。

 

きょう提出したほうも気になる方は、展覧会場でお求めいただければ幸いです。

 

                

                   桜州転居「東京〜揖斐〜岐阜〜京都」

 

揖斐川町三輪に「桜洲夫妻の墓」がある。2011年8月には傍らに記念碑が建立された。墓石の正面には「桜洲夫妻の墓」とあり右側面には「明治四十三年九月建立 桜洲 野原安司 千代」、左側面には戒名と俗名が刻まれているが、そこには「野原千代 野原安司 野原春子」の名がみえる。明治43年は彼が東京美術学校を卒業してもなお寺崎広業の指導を受けるべく東京にとどまっていた時期である。この頃、棚橋天籟と交流したり揖斐祭りの曳山虎を描くなど故郷へ思いを寄せる一方、「一休和尚之図」や「鬼之念仏」など鬼気迫る作品を描いている。桜州には死産した子供がいたというが、おそらくこの「春子」がそれではないかと思われる。美術学校卒業後、東京にとどまるものの世間の風は冷たく、それに加えて死産のことが重なり、傷心の思いでの帰郷であったであろう。

揖斐へ帰郷したのは、1911年(明治44年)のことである。揖斐川町教育委員会編の略年譜には「この頃、揖斐川町に帰る 写生に専念、自らバラを栽培し、自習黙会を日課とする」とある。地元の学生時代からの支援者等は喜んでこれを迎えたというが、翌1912年(明治45年)には岐阜へ移ってしまう。東京から帰郷の際、一人の女性を伴ってきたが、この女性は間もなく自ら命を絶ってしまったという。この女性が、前述の墓石に見える「千代」であることは想像に難くない。このことが封建的な気風の残る揖斐に住みづらくして転居を決意させたのかもしれない。

岐阜に移った桜州は、始め伊奈波神社近くの誓願寺に寄寓し制作に励み、画業で身を立てる決意を新たにした。岐阜市議会議長の山田永俊氏との出会いがあったのもこの頃である。

山田永俊の仲介で結婚し岐阜市西野町に移り一家を構えたのは、1914年(大正3年)のことである。安定した生活の中、「桜洲」からサンズイ編が消え「桜州」と記すようになり、1916年(大正5年)には「豊太閤醍醐の花見」で文展初入選を果たしている。

一方、この頃から大垣市出身で京都で活躍していた俳人上田聴秋と交流し関西画壇への関心も高まっていった。

桜州が京都へ移住するのは、1919年(大正8年)10月である。この決断の背景を推測することは容易ではないが、師の寺崎広業の死と、文展から帝展への改組は時代の転換を感じさせたに違いない。文展に入選したものの新しい時代を切り開くものではなく、製作の壁に突き当たっておりそれを乗り越えんがためとも考えられる。移住の前年「陶淵明の図」を描いている。新天地に思いを馳せる陶淵明を桜州が、それを見送るように足元に咲く菊花を小林呉橋が描いている。小林呉橋は東京で最初に師事した人物である。京都移住は師の理解があって初めて実現したことであったろう。

移住直後は、浄土寺馬場町に住んだが、1926年(大正15年)には、真如堂畔に画房を新築し移住している。

この間、山元春挙、橋本関雪の支援を得て、1922年(大正11年)に「鵜」で帝展入選を果たした。さらに1924年(大正13年)の濃飛日報に「桜州 薔薇の描法に新機軸」という記事が掲載され、ここに「薔薇の桜州」の結実をみることになる。

 

 

2017.01.13 Friday | 14:21 | comments(2) | trackbacks(0) | - | 
旧正月も過ぎてしまいましたが・・・
今年もよろしくお願いいたします。

今年もあの掛け軸のお雛様にあえる季節になりましたね。
土川さんの学説にとっても興味があります。
お話をお聴きする度に、「桜州ご夫妻と春子さん」がそこに居られるような気がしています。

このお話も多くの方と共有したい一つですよ!

「ほんの少し踏み出した足とその足元に咲く花」のあの掛け軸も大好きです。

またお話お聞かせ下さい。

  
| いそこ | 2017/01/16 9:01 AM |
おめでとうございます。
こちらこそよろしくお願いします。
6月のサロンも楽しみにしています。
あのお雛様の掛け軸は、今年は揖斐川歴史民俗資料館で展示されることになっています。
それにまつわるお話は、どこかで皆さんお話ししたいと思っていますがなかなかその機会がありません。
今回もそれを記載しようと思ったのですが、あまりに私見が入りすぎているので割愛しました。
23日から展覧会も始まりますので、またおいでください。
| 土川 | 2017/01/18 5:32 PM |